目が覚めて感じる冷気にも、もう随分と慣れた。

「おはよう」

そう言って隣で眠っていた銀八が額に唇を落とす。
柔らかいベッドの上で、固い鎖で拘束された桂は4度目の朝の挨拶を繰り返した。

「大分薄くなったね。明日は学校行けるよ」

銀八が身体をさする。桂が身じろぐと、手足の長い鎖が絡まって不協和音を立てた。



4日前、土方に痕を点けられた日。トイレで銀八と目が合った瞬間、桂は完全に自分の人生の終焉を見た。
もうおしまいだ。
そう思うと、吐き気がして冷や汗が身体中に浮かんで、いたたまれなくなって逃げ出した。
その後の1時間は、何を考えていたのか全く覚えていない。
思考力を奪われたように、頭の中は真っ白だった。未来の見えない恐怖を感じることすらできなかった。
それでも、土方に少しばかりの光を見た。
だけどこのままでは、関係のない土方まで巻き込んでしまう。それはあまりに不甲斐なかった。土方がどうと言うより、自分自身が。
自分が陵辱されることに関しては、いわば自分自身の尻ぬぐいだ。
行為の辛さで忘れていたが、土方という素朴で善良な高校生の介入でその意識は蘇った。
土方は本気で自分を助けようとしてくれた。純粋に嬉しかった。だからこそ、桂は銀八を選んだ。
だが__主な理由は本当にそれだけなのだろうか、と問うたときに、桂の中で明確に違った感情が出張ってきた。
銀八が自分を捨てずに、名前を呼んだとき、其処に安堵を見たのだ。
せんせい、と答えたあの時、確かに、土方に対する其れよりももっと強く、ただ純粋に、嬉しいと感じた。

「親にはうまく言えよ」

銀八の家に着くまで、一言も発さなかった銀八が放った最初の言葉がそれだった。
有無を言わさず押し倒され、少し余裕のないセックスをした。

「んぅ…っ、や、あァ…っ」

土方に点けられた痕がよく見えるように、髪を退け、首筋を露わにした後、銀八はそこに噛みついた。
歯と歯で、その一カ所だけ赤く染まっていた皮膚を殺すように、強く噛まれた。


「い、ッ…たぁ、い、せんせ…っ」

「あのクソガキ、人のもんにこんな生意気なモンつけてくれちゃって。いい度胸」


ぶちり、と繊維の切れる音と共に生温かい血液が首もとを伝っていく。
その血を丹念に舐め取ったあと、銀八は桂の首は愚か、胸や腹、腰、脚、足首にまでキスマークを付け始めた。
桂は身動き一つ取れずに、増えていく赤黒い無数の痕を感じていた。
身体を裏返され、背中や尻にまで銀八は吸い付いた。シーツを握る自身のその腕にまで、点々と赤い痕が続いている。
まるで流行病にでもかかったようだ。


「ひゃっ、アぁっ…んっ…」


背中に乗しかかられた儘、銀八の中指が後孔をこじあけて内部に進入してくる。反射的に腰が高く上がり、穴を拡がりやすくする。
その行為の間にも、肌という肌に銀八の唇で吸われる感覚が襲う。
三本目の指が入ったところで、前後に激しく出し入れされ、桂は立てていた膝をがくりと折った。


「ひ、あァあっ!や、やぁっ、ふあァっ…!」

「こら、ケツ上げろ」


命じられるがままに再びよろめきながら体勢を立て直す。
しつこいほどに指で中を掻き回されてから、ようやく指が抜かれた。
しかし、息つく間もなく更に太いものが赤くなった其処に宛がわれ、一気に根本まで押し込まれた。


「んあァあッ、あっ、あぅあっ、ッ」

「慣らしてやっただけありがたいと思ってね?小太郎。先生にいっぱい迷惑かけたんだから、さ」

「っァ、あ、っ、は、ぃ…っ、ごめ、な、さ…っ!」

「んーなぁに?聞こえなーい」

「ひ、ゃァっ、あっ、ごめ、ご、めんなさぃ…っ!」


いつもよりも更に激しく無遠慮に、銀八は桂を突き上げる。
桂は譫言のように謝り続け、銀八はそれに対してけして許しの言葉を与えない。
声が枯れて喉から血が出ても、きっと許されないだろう。
律動を緩めることなく、銀八は既に痕だらけの薄い背中に再び吸い付いていく。
痕が増える。銀八の所有を意味し、桂の服従を意味する痕が増えていく。
桂が一際高く鳴いて、ぐにゃりと肢体を弛緩させてベッドに崩れ落ちても、解放は許されなかった。


「誰が寝ていいっつった?ケツ上げろ」

「…はあ、ッ…、は、ぃ、…ッ」


しかし吐精したばかりの桂の足腰には力を込める余地もなく、震えながら立てた膝もすぐにがくりと折れた。
心底苛立った調子で、銀八は「おい」とだけ吐き捨てる。
恐怖心に駆られ、桂はもう一度、羊水に塗れた子馬のように膝を立て、尻を上げた。
だが初めの一突きで、またも身体ごと折れる。今度は銀八は何も言わない。黙って待っている。
そして次に桂が同じ体勢を取ったとき、銀八は桂の膝裏に自身の膝を置き、ぐっと体重を掛けた。


「っうあァ、あっ、い、いや、い、いたぃっ!!」

「喚くな」


骨が折れる、と桂は感じた。膝が裏側から押されて割れてしまいそうだった。
尚も痛みに声を上げる桂を無視して、銀八は先ほどと同じように腰を激しく動かす。
骨がぎぃぎぃと音を立てて軋むのがわかる。折れる折れる折れる、と本能が騒ぎ立てるのを聞いた。


「ひやぁアぁっ、あああっ、うあああッ!!あ、ァ、っぐ、あぁ…っ!!」

「うるっせー」


膝はとんでもなく痛いのに、不埒な孔からは快楽がほとばしって達したばかりの桂を高める。
ぐちゅりぐちゅりと、銀八の先走りで結合部からは水音が聞こえはじめ、それに更に煽られる。
桂は自我を失ったように喘いだ。耳が焼け落ちそうに熱い。痛みと苦しみと快楽とで涙が後から後から溢れ出てくる。


「はあぁッ、アぁ、ん、んぅっ、っやっ、も、だ、め…アァあっ、せんせ…せんせぇっ…」

「イイんだろ?小太郎。お前今痛くて気持ちよくてたまんねぇんだろ。そうだろ?」

「は、ぁっ、は、ぃっ、アぁっ、ぁんっ、ひゃん…っおかしく…なりそ…ぉ…っ!」

「それって誰のおかげ?死ぬほどイイ気分になって犬みたいに喘いでんのって誰にそうさせてもらってんの?」

「ぁっ、っせ、せんせぇ…ぎん、ぱち、せんせ…っひゃぅあっ、あんっ」

「よくできたねぇ小太郎。じゃ、次ね。お前はいったい誰のもの?」

「ぉ、おれ、は…っ、あ、ァっ、ぎん、ぱち、せんせぇの…っもの、で、す…っうあぁあっ!」


桂が二度目の絶頂を迎えたと同時に、腹の中に銀八の精液が流し込まれていく。
体内まで銀八に支配されていく。皮膚も、内臓も、言葉も思考も。背に走る戦慄を感じながら、桂はそのまま意識を手放した。




次に目を覚ましたとき、その長く頑丈な鎖は既に桂の腕と足にあった。

「一回やってみたかったんだよねー、こういうの」

銀八は不敵に笑って桂の旋毛からつま先までを睨め回した。
親にはうまく言え、という命令の意図を、桂は鎖以外は薄いカーディガン一枚しか羽織っていない自分の痩身を見てようやく理解した。
そしてその時いの一番に脳裏に浮かんだのは、厭悪でも逃亡の術でもなく、親への言い訳だった。
全身に黒々と残る不気味な痕が消えるまで、桂はこの家から一歩も出られない。つまるところは軟禁である。
だが銀八がそう命じなくても、このような有様ではとても人前には出られなかった。
初めから選択肢などないが、桂は銀八に生命さえも預けることに決めた。


鎖が身につけられているという状況以外は、桂は特に何の変哲もない1日を過ごした。
銀八が学校に行った後は何をして過ごすのも自由だったし、冷蔵庫から何を取ってもよかった。
金属は重く、扱いづらかったが1日で慣れてしまった。
鎖が外されたのは入浴のときと、銀八に抱かれるときだけだった。4日4晩抱かれ続け、その内一夜は明け方まで解放は許されなかった。

銀八は時折、犬を撫でるときと全く同じ作法で桂の顎の下あたりを撫ぜた。
本当に、この教師は自分を犬だと思っているのかもしれない。桂はされるがままに銀八の長い指を肌に刻んだ。
犬ってこういう風に手なずけられるのか、とぼんやり思った。

4日目の晩、ようやく桂の肌が本来の色を取り戻しはじめたころに、ひとしきり桂の身体を蹂躙した後で銀八が告げた。


「土方のことなんだけど」


あまりにも遠くなっていたその存在を、桂が思い出すのに数秒を有した。


「そろそろケリつけない?」

「…え?」

「まだうるさいんだよね、あのガキ」


銀八は桂に背を向けたまま、少しも声に感情を表さずに吐き捨てる。
セブンスターの箱からお決まりの情事後の一本を取りだし火を点けると、独特の甘くきつい香りがベッドの周りに漂った。


「それって、どういう…」


桂は小首を傾げた。銀八が振り向く。
煙草を指に挟んだまま、こちらへ近づいて例によって桂の顎を撫で、冷たくにこりと微笑んだ。


「俺の言う通りにすればいいからさ」


粟立つ指の感覚は消えない。入れ墨のように、消えない。






















ヅラくんの言い訳が思いつかなかった…スルーしてください…
土方篇、次話でラストです

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